ZOZOブランドを支えるアートディレクターに聞く
デザイナーの価値を上げるために必要なこと

ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」やファッションコーディネートアプリ「WEAR」の開発・デザインなど制作業務全般を担う株式会社ZOZOテクノロジーズで、アートディレクターを務める佐藤大介さん。

ARCHETYP代表の齋藤順一にとっては、デザイン制作会社に勤めていた頃の先輩で、今でも定期的に連絡を取り合う間柄です。

昨今、Webデザイナーが事業会社で働く「インハウス」の流れが加速していますが、佐藤さんは「インハウス」という言葉がまだ世の中に浸透していない時代に、いち早く事業会社であるZOZOに参画し、デザイナーとしてサービスの成長に貢献してきました。

当時、佐藤さんはどのような問題意識を持ってキャリアを選択したのでしょうか? そして、長年インハウスクリエイターとして働いてきたからこその知見や実態を教えてもらうべく、齋藤がインタビューを行いました。

※このインタビューは2019年に実施しました。

佐藤 大介(さとう だいすけ)さん

株式会社ZOZOテクノロジーズ
デザイン部 アートディレクター

広告代理店、デザイン会社を経て、2006年に株式会社スタートトゥデイ(現:株式会社ZOZO)に入社。ZOZOTOWNのサイト・アプリのUI/UX、CMからプロモーション、映像まで幅広く手がける。2018年より株式会社ZOZOテクノロジーズにてプライベートブランドのデザイン、ZOZOTOWNのブランディングに携わる。別プロジェクトとしてデザインチームcoutworks.comを主宰。国内外に作品を提供している。


デザインを大切にする前澤さんの姿勢に、事業会社に抱いていたイメージが変わる

佐藤さんは僕がウェブ制作会社に勤めていた頃の先輩にあたりますが、まだインハウスという考え方が主流じゃない時代に事業会社へと転職されたことが、個人的にすごく衝撃的だったというか、強く印象に残っています。当時の問題意識や、実際にインハウスデザイナーになってどうだったのか、そのあたりをお聞きしたくて本日は伺いました。

齋藤

わざわざ千葉まで、ありがとうございます。何からお話ししましょうか?

佐藤さん

まず、佐藤さんがZOZOでどんなお仕事をされているのかを教えていただけますか?

齋藤

わかりました。僕は2006年にスタートトゥデイ、今のZOZOに入社し、ZOZOTOWNのサイトやアプリのデザインをずっと担当してきました。その後、2018年に子会社であるZOZOテクノロジーズへと転籍し、ここ数年はプライベートブランドのパッケージデザイン、ZOZOSUITやZOZOMATのデザイン、プロモーションに携わっていました。

最近はZOZOのブランディングセクションに参加し、クリエイティブディレクターをやっています。

佐藤さん

ありがとうございます。まさにZOZOTOWNを世の中にどんどん広めていくフェーズのデザインを担当されていたと思うのですが、2006年当時は今と比べるとそこまで知名度の高い会社ではなかったと思います。そもそも、どうしてZOZOに転職しようと思ったのでしょうか?

齋藤

僕はもともと、デザイン誌『MdN』(2019年休刊)で定期的に記事を書いていたんですけど、その時、僕とテイストが似ている記事を書いている方がいて、いつしか連絡を取り合うようになったのですが、その方が当時ZOZOでクリエイティブディレクターを務めていたんです。

彼とは一緒にエキシビションをやったり、音楽の趣味も合うのでよく遊ぶようになり、自然な流れでZOZOに誘われ、気がついたら入社していたという感じです(笑)。

佐藤さん

当時はまだインハウスがメジャーじゃない時代。抵抗はありませんでした?

齋藤

正直、ありましたよ。僕の勝手なイメージですが、事業会社は制作を外部に委託することが多いから、クリエイティブが弱いという印象を持っていました。

ただ、ZOZOに関しては違いましたね。当時、まだデザイナーは数名しかいなかったのですが、そのデザインセクションは創業者の前澤友作さんが「必要だから作ろう」と自然な流れで立ち上がったのです。

つまり、当時からデザインを大切にする文化が根付いていたということ。トップを含めてデザインドリブンな視点を持っている方が多かった点は大きな決め手となりました。

佐藤さん

今日オフィスに伺って、クリエイティブに理解のある会社だということがすぐにわかりました。だって、職場にこれだけいろんなモノが置いてあったら、普通は怒られますよね(笑)

齋藤

おっしゃるとおりです(笑)。でも、クリエイティブに対する理解がない組織だと、いくらクリエイティブの部署を作っても機能しないと思います。その意味では、本当に好きにやらせてくれましたし、経営層からも斬新なアイデアをどんどん求められましたし、デザイナーはそれに応えてきました。

佐藤さん



ブランディングまでコミットできることが、インハウスデザイナーの醍醐味

そうすると、制作会社から事業会社に転職して、仕事への関わり方や考え方はだいぶ変わりましたか?

齋藤

制作会社にいた頃は、大量のWebページをひたすら制作するという仕事も少なくありませんでした。それと比べると、本来の意味での「問題解決のデザイン」に携われていると感じます。

事業会社なので、一度何かを作ったら終わりではなく、当然数字にもコミットするし、PDCAを回し続けてどんどんサービス自体を改善・アップデートしていく必要があります。並行して、企画やイベントなども仕掛けていく。

このような活動を通して気づいたのは、デザイナーの仕事の領域はどんどん広げられるということ。たとえば、世の中に対して会社がどのようなコミュニケーションを取るべきかを考えることもデザインです。ものづくりに対する考え方が大きく変わりましたね。

佐藤さん

これまで、ブランディングは代理店などに依頼することが多かったと思いますが、そこを自社のインハウスデザイナーに任せるのは新しいモデルですよね。

齋藤

ブランディングは本来デザイナーも積極的に関わるべき領域だし、そこまでコミットできることがインハウスデザイナーとしての醍醐味だと思っています。

佐藤さん

ロゴひとつとっても、作って納品しておしまいの世界ではなく、改善し続けるところが、一般的な制作会社が担う領域とは明らかに違うように思います。

齋藤

そうですね。インハウスなので当たり前のことですが、自分たちでデザインをコントロールしているので、誰かの作ったロゴの規定に準じてデザインするといったこともないですよね。

機能やルールがデザインや表現を制限するってことは良くあると思うのですが、そういったことを極力排除して考えられることはデザインする上でとても大事なことだと思います。

佐藤さん



「それ作ったら売れるの?」がシビアに追求される時代

正直、僕がZOZOに転職した頃は「インハウスはレベルが低い」という雰囲気もありました。イケてないデザイナーが行くところみたいな。だから、ZOZOに行ったときも、クリエイター仲間達から「なんで?」とすごく言われたことを覚えています。

佐藤さん

当時、ZOZOのようにデザインに対して理解のある事業会社は、決して多いとは言えなかったと思います。

齋藤

事業会社はクリエイティブを代理店や制作会社に発注するのが一般的でしたよね。

佐藤さん

そのビジネス構造が今、変わりつつあると感じています。ひと昔前のクリエイティブは世間で大きな話題になったり、賞を獲ったりすることがひとつの指標だったと思うんです。

でも、インターネットがインフラ化したことでクリエイティブまわりの数字が全部見られるようになり、よりKPIが重視されるようになりました。売上に直結するクリエイティブなのかどうかがシビアに見られ、データやマーケティングに基づくクリエイティブじゃなければ提案すら通らないケースもあります。

齋藤

デジタルもマーケティングも強い制作会社となると、数が絞られてきそうですね。それこそ、僕たちも如何にパンチのあるFlashをたくさん作れるかで勝負していたよね(笑)。

佐藤さん

そうなんですよね。だんだんクリエイティブに求められるニーズが変わってきて、クライアントからの「それ作ったら売れるの?」という問いに答えられないといけなくなりました。そこに対する危機感を持っているクリエイターも増えてきているのではないかと思います。

齋藤

同感です。中途採用の面接をしていると、「モノを作って終わりではなく、携わり続けられる事業会社に行きたい」という人がここ数年ですごく増えました。

佐藤さん

クリエイター達のあいだで「事業会社がイケてる」という認識が生まれつつありますよね。

齋藤



GoogleのエンジニアはCEOよりも偉い!? デザイナーが自分の価値を上げるために必要なこと

一方の課題として、クリエイティブを数字で語れるクリエイターが少ないという現状があります。それこそ、創業者の前澤さんも数字を理解した上でクリエイティブに注力していたと思うんです。今クリエイティブに投資すれば、これだけのリターンがあるという計算は、トップなら誰しも頭に入っているはずです。

その前提に対して、クリエイター側が自分の感覚値やセンスだけでプロジェクトを進めてしまったら、噛み合わないのは当然ですよね。

近年、エンジニアの価値が上がっているのは、感覚だけでなく数字やマーケティングの文脈でクリエイティブを説明できるからだと思うんです。

齋藤

世界に比べると日本は、デザイナーの単価が特に低いと言われていますよね。

佐藤さん

専門学校の講師としてデザイナー志望の学生と接する中でも、やはり数字やお金まわりの話が苦手な子は多いです。でも、数字やお金はビジネスの基本ですからね。それを武器として身につけられたら、もしかしたらデザインに理解がない経営者ですらも、説得できる可能性だってあります。

齋藤

エンジニアもただ仕様書に従ってコードを書くだけでなく、企業やサービスが提供する社会的価値を理解して、それを良くしていく姿勢が求められていますし、そこにはビジネスへの理解も必要です。

佐藤さん

そうなんです。例えばGoogleは、組織をピラミッド化するとCEOの上にエンジニアがいるイメージだと、社員の方に聞いたことがあります。価値の高い人材を自立させ、自由を提供して、ボトムアップからイノベーションを起こし続けています。

齋藤

そうですね。同じように、デザイナーが自分たちの価値を高めるにはどうすればいいのか、少なくともただ作るだけのスキルでは難しい時代になっているのは間違いないと思います。

佐藤さん



最終的に人の心を動かすのはデザインの力。だからこそ、デザイナーは数字にも強くなるべき

それにしても、個性的なオフィスですよね。事業会社だとデザインやクリエイティブに関係ない社員もいると思うので、その人たちから「何やっているの?」って思われそう(笑)。

でも、クリエイティブな仕事には必要な要素なんですよね。僕の知り合いにも、絶対に履かない量の靴をオフィスに並べている人がいます(笑)。会社が「これは必要なんだ」と認めてくれたのは大きいですよね。

齋藤

そうだね。このオフィスにはポップコーンマシーンもあって、実際にポップコーンを焼くと匂いも出るから、「何やっているの?」とは思われているかも(笑)。でも、自分たちの場所を自分たちで作るということが大事なんです。誰かに与えられた場所や働き方じゃなくて、自分たちでその場所を創るというスタンスがとっても大事。

それがZOZOが大切にしてきたカルチャーであり、会社が大きくなってもそのカルチャーを守り、表現し続けるのが、デザイン部の役割の一つだと思っています。

佐藤さん

デザインやアートを大切にする企業文化が根付いている一方で、数字やデータもシビアに見ていますよね?

齋藤

数字を追って効果検証を行い、次の改善に生かすのはサービスを運用する上で当然のアプローチです。

ただ、数字に対して改善を行うのは極端に言えば知識さえあれば誰でもできることであり、最終的にはひとつのカタチに辿り着くと思います。つまり、他との違いがなくなってしまうということです。

僕たちは数字をとことん追求した上で、何かひとつ、人の感情を揺さぶるような仕組みや機能が必要だと常に思っています。

おもしろさって何だろう? ユニークさって何だろう? ZOZOらしさって何だろう? そんな議論を日々交わしながらデザインに携わっています。

佐藤さん

わかります。弊社でも「数字的にはそうなるんだけど、なんか物足りないよね?」と議論になるときがあります。そのまま普通に作ればきれいな山ができるけど、どこかで見たことがあるみたいな。

アートと数字、その両方のバランス感覚を持つことが大切ですが、実際にそれができる人材はかなり希少ですよね。個人的には、クリエイティブセンスに長けた人と、アナリスト的に数字をしっかり見れる人、その双方の橋渡しをできる人材、つまり双方の意見を翻訳して提案できる人材が重宝される時代になるのではないかと思っています。

齋藤

その役割は間違いなく重要ですよね。たとえば、ZOZOTOWNの梱包も、コストを追求すれば箱ではなく袋のほうがいいと思うんです。

でも、「ユーザー体験を高めるのはどっち? 感情を揺さぶるのはどっち? 開けたときに気持ちいいのはどっち?」と考えると、やっぱり箱なんですよね。

大切なのは、その違いをトップに説明できるかどうか。数値で測るのも限界があるし、感覚だけで話しても説得力がありません。

佐藤さん

Apple製品の梱包も、おそらくコストカットしようと思えばもっとできるはず。でも、あの箱の匂いや美しい佇まいがユーザーのブランド体験を高めています。トップや決裁者に対して、その違いを正しく説明ができる人材が増えれば、日本のブランド力もさらに高まるんじゃないかと思っています。

齋藤

Apple製品の箱、めちゃくちゃ分解しました(笑)。箱の精度もそうですが、例えばApple Watchの箱の中に敷かれているパルプモールド(紙製の成型品)、あの白さを出す技術は日本でも難しいし、パルプモールドの裏側って成型したパルプを押し出すために網状になっていて手触りも悪いんですが、Appleの箱はそれが全く見えないようになってる。すごい手間をかけて製造してます。

僕たちはApple製品の箱をとにかくいっぱい集めて、ひたすら分解して、なんでこれはカッコいいんだろう? なぜここまでやる必要があるのか?って子どもみたいに議論したりしました(笑)。

でも難しいのは、デザインとして「良い」とわかっていても、「なぜそれが必要なのか?」を説明できるデザイナーや、それを採用できるトップはなかなかいないのではないでしょうか。特にこういったデザインは数字として定量化しにくいものだったりしますしね。

佐藤さん

それ、制作会社のデザイナーではできないです(笑)。そんなに時間とコストをかけるなって言われてしまいますからね。でも、ZOZOTOWNが他の追随を許さないレベルのカスタマーサクセスを実現していることを考えると、デザイナー冥利に尽きますよね。

齋藤

本当にそう思います。僕は最終的にデザインの力が人の心を動かすと信じているので、事業会社に限らず、アートやデザインを追求できる組織づくりを行うこともデザイナーにとっては大切だし、そういう場所を見つけられたら、デザイナーはより生き生きと働けるんじゃないかと思います。

佐藤さん

佐藤さんが今も生き生きと働いていらっしゃることが伝わってきて、後輩として非常に勇気づけられました(笑)。多くのデザイナーにとっても、前向きになれる話が色々とお聞きできたのではないかと思います。本日はありがとうございました!

齋藤

(了)

取材/文
松山 響
撮影
上岡 伸輔
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