フリーランスのWebデザイナー・ディレクターとして活動しながら、クリエイター同士の繋がりを促進するオンラインコミュニティ「Connective」を主宰する渡邊浩樹さん。
近年はクリエイター向けイベントの企画・実行にも注力し、昨年主催した「Design Cross 2019」では、事業会社の第一線で活躍するデザイナーが集い、刺激的なトークセッションが繰り広げられました。(イベントレポートはこちら)
渡邊さんがご自身のnoteにも綴られているように、「フリーランスのWebデザイナーはこのままではマズい!」という危機感が同イベントを開催した大きな契機となっています。
今、フリーランスのクリエイターが抱えている問題とは何か? これからフリーランスに限らず、私たちクリエイターはどうあるべきなのか?
渡邊さんに詳しい話を聞くため、ARCHETYP代表の齋藤との居酒屋対談を実施しました。そこで話題の中心に挙がったのは、自分たちが当事者でもある40代クリエイターの未来についてでした。
※このインタビューは2019年に実施しました。
渡邊 浩樹さん(写真左)
Connective代表
Webデザイナー/ディレクター
複数の制作会社でWebデザイナーとして働いた後、2008年8月に独立。フリーランスとして活動を開始する。コーポレート、EC、プロモーション等数々のサイト制作に従事。クリエイティブを繋いで新たな価値を創造するオンラインコミュニティ「Connective」発起人。
デザイナーに求められる役割は、「制作」から「課題解決」へ
―今、WebデザイナーやWebディレクターが楽天やfreeeといった事業会社で働く、いわゆる「インハウス」の流れが急激に加速しています。これまでクリエイターといえば制作会社かフリーランス、あるいは自分で会社を経営するぐらいの選択肢しかありませんでしたが、一般企業もクリエイティブに力を入れるところが増えてきて、クリエイターの働き方やキャリア形成の選択肢は一気に広がったと思います。そういった背景から、クリエイターと企業をつなげるサービスを作ろうと齋藤さんが立ち上げたのが、ARCHETYP Staffingですよね?
おっしゃるとおりです。渡邊さんとは長い付き合いになりますが、今回僕が改めてじっくり話を聞いてみたいと思ったきっかけが、渡邊さん主催のインハウスデザイナーを集めたイベント「Design Cross 2019」でした。ご自身のnoteでも綴られていた「フリーランスWebデザイナーの危機」について、僕も同じような課題意識をずっと持っていて、それが今回のサービスを立ち上げた動機の一つにもなっています。
ただ、僕と違うのは渡邊さんは長年フリーランスWebデザイナーとして活躍されてきた当事者でもあるということ。どうして危機感を持つようになったのか、今後フリーランスの人たちはどうしていくべきなのか、ぜひとも当事者の立場から色々と教えていただきたいと思っています。
齋藤
ありがとうございます。まず、「Design Cross 2019」を開催した理由の一つに、フリーランスWebデザイナーの人たちにインハウスデザイナーの仕事を知ってほしいという思いがありました。
そもそも、ものづくりには目的があって、人の欲求や希望を捉え、整理し実現する方法を模索し、具体化し…といったプロセスを経て最終的なアウトプットが生まれるのだと思います。僕たちフリーランスはWebやグラフィックなどでアウトプットに携わることはできても、ものづくりのプロセス全体に携われる機会は滅多にありません。
でも本来であれば、デザイナーこそプロセス全体に関与して、ものづくりを行うべきだと思うんです。
渡邊さん
世の中の流れとしても、デザイナーに求められる役割が「制作」から「課題解決」へとシフトしつつありますよね。
齋藤
そうなんです。でも、僕たちフリーランスの仕事は制作の一部分であることがほとんど。プロセス全体に関与することがなぜ重要なのかを実感する機会すらない人もいます。それならば、まずは知ることが大切だと思い、事業をつくる、育てるといったプロセスにガッツリ関わっているインハウスデザイナーの皆さんに声をかけて実現したのがこのイベントでした。
渡邊さん
Soup Stock Tokyoのスマイルズやnoteのピースオブケイク、FiNCなど本当に今勢いに乗っている事業会社を集められたのがすごいと思いました。
齋藤
「デザインの力で事業やサービスを成長させよう」という気概のある企業に集まっていただきました。デザインに対する理解がある会社でなければ、デザイナーにとっても魅力的じゃないですからね。こんなにクリエイティブな事業会社があるのか!と知ってもらう良い機会がつくれたと思います。
渡邊さん
インハウスデザイナーのビジネススキルの高さに抱いた危機感
先ほど、「プロセス全体に関与する重要性に気づかないフリーランスの方も多い」と仰っていましたが、逆に渡邊さんはどうして課題意識を持つことができたのでしょうか?
齋藤
「Connective」を立ち上げたのが大きかったと思います。はじめはクリエイター同士のオンラインコミュニティでしたが、リアルイベントやセミナー、勉強会などに活動を広げるうちに、事業会社で働くデザイナーとも交流するようになりました。
そこで衝撃を受けたのが、インハウスデザイナーの課題解決に対する意識の高さです。まず「誰のために、なぜつくっているのか」という目的が明確ですし、デザインだけでなくデプスインタビューやペルソナ設定なども行い、KPIといった数値もしっかり見ている。さらに、非デザイナーの人たちと共通認識を持つためにクリエイティブを言語化する努力もされていました。「僕たちフリラーンスWebデザイナーもこれをやらないとヤバイぞ」と危機感を持ったのはその時ですね。
渡邊さん
以前、とあるクリエイティブカンパニーの代表に「クリエイターが次に進むべき道はどこだと思います?」と聞くと、その人は「コンサルティング領域」だと言っていました。つまり、経営課題や事業課題をクリエイティブの力で解決していくということ。そうなると、デザイナーもアートだけでなくビジネスを理解する必要がありますよね。
齋藤
組織レベルだと、たとえばデザインファームでクリエイターだけでなくコンサルティングやチームビルディングができる人材を雇っているケースもありますよね。ただ、一個人のデザイナーとしても、少なくとも事業・サービスの成長に関与するためのビジネススキルが必要になると思います。特に非デザイナーと協働するスキルは、これからの時代を生き残れるかどうかの分岐点になる気がしています。
渡邊さん
「アーティスト」のまま40代に突入すると危険⁉︎
1990年代後半から2000年代に活躍していた40代クリエイターの方々で、今キャリアに悩んでいる人も多いと聞きます。その要因は様々だと思うのですが、世の中がクリエイターに求める役割が変わってきたというのは、一つ大きなポイントとしてある気がしています。
齋藤
クリエイターという言葉の定義自体が多様化していますよね。昔はクリエイターってそんなに気軽に名乗れる肩書きじゃありませんでした。今は少しデザインができればクリエイターと呼ばれるし、簡単にデザインできる環境が整っています。たとえば、僕たちが若手の頃に1ヶ月かけてがむしゃらに作っていたものを、今ならテンプレートやツールを使えば1日で作れるかもしれない。そう考えると、何かを作ること自体はもう特別じゃありません。だからこそ、プロセスや課題解決に目を向けることが大事じゃないかと思うんです。
渡邊さん
デザインの敷居が下がったことは、世の中的にはいい流れだと思います。それに、日本は基本的にデザイン力が高いと思いませんか? ちょっとデザインをかじっただけの人でも、感性が優れていたりします。
齋藤
そうですね。だから、20代に感性や表現力を磨くことはすごく大事ですよね。ただ、30代になってもそこだけを磨き続けるのは危険かもしれません。下の世代から新しい感性がどんどん生まれますからね。40代になると、さらに危険です。表現で勝負しているスタークリエイターもいますが、それはもはやアーティストの領域で、1000人に1人のような世界。そこで勝負するのか、見極めないといけません。
渡邊さん
今話題に挙がっている中堅クラスのデザイナーに関して思うのは、確かな実力はあるのに自分の「売り方」を気にしている人が少ないということ。この業界で活躍し続けるためには、自分のウリが何なのか、その強みはどこに売れるのかを戦略的に考える必要があると思います。
フリーランスを長くやっている人は、その傾向がさらに顕著な印象があります。たまたま案件がもらえて、なんとなく定期案件になってキャパシティが埋まっているのか。それとも自覚的にウリを作って、戦略的に売り込んで仕事を作っているのか。長期的に見ると、その違いは大きな差になって現れるのではないでしょうか。
齋藤
おっしゃるとおり、そこはフリーランスの一番危険なところです。僕も年間売上の8割が3社ぐらいで構成されているので、1社がなくなると収入は激減しますが、それは現実的に起こり得る話ですよね。それこそ、若い感性が必要になってスイッチされるとか。
30代前半ぐらいまで、目の前の案件をがむしゃらにやってもいいと思うのですが、そこから先は、自分にできる領域をやっているだけでは危ない。戦略的にキャリアを考えるべきだと思います。
渡邊さん
経営者視点で、デザイナーが普通のビジネスマンと違って難しいと感じるのは、モチベーションのコントロールです。お金や地位といったわかりやすい指標ではなく、やりがいの部分がモチベーションを大きく左右する人もいます。つまり、何の仕事に携われるかがとても大事なんですよね。すると、経営者側としては「この人の能力はここがすごいから、この仕事が絶対にハマる」とアサインしても、デザイナー側からすると「実はこの仕事はやりたくなかった…」というミスマッチが起きます。モチベーションがダウンし、成果が出せず、そして離職…というケースもありました。
デザイナーとしてアーティスト意識を持つことは大事だけれど、それとビジネスとの折り合いがつかないまま40代に突入してしまうと、アーティストとして勝負し続ける道しかなくなってしまいます。
齋藤
ビジネスマンもアーティストも、自分の技量を発揮できる場所を見つけることがプロフェッショナルには求められますよね。サッカーだってどんなにドリブルが上手で足が速くても、それを生かせるチームでなければ結果は出せません。その意味では、ドリブルが一番得意だけどパスもできる、チームプレイもできる、戦術理解もあるなど、いくつかの武器を持っている人は、単純に活躍できる場所の選択肢が増えるので強いですよね。
渡邊さん
「技術」や「ゼロイチ」だけが、クリエイティブではない
サッカーも昔はペレやマラドーナなど圧倒的な個の技術を持つ選手にみんな憧れていましたけど、今は一概にそうとは言えないですよね。足元の技術よりもサッカーIQで勝負する選手や、目立たないけどチームの汗かき役になれる選手も尊敬されるようになってきました。クリエイティブ業界でも同じことが起こっている気がしていて、僕ら40代が若手だった頃のように凄まじいセンスやスキルを持ったスタークリエイターに憧れる時代ではなくなってきましたよね。
齋藤
確かに、僕らが若い頃は有名なクリエイターがたくさんいて、イノベーションがどんどん起きるようなワクワク感がありましたよね。「すげー!」っていうシンプルな感動体験がモチベーションになっていました。
渡邊さん
僕も最初のキャリアは印刷会社の端っこにあるデジタル部門で、そこまでクリエイティブなことはしていませんでした。でもその時に、虎屋の写真を全部撮り下ろしている美しいウェブサイトを見て震えたんです。「うわー、かっこいい!」って。それが原動力となって、一気にクリエイティブな世界に飛び込みました。
齋藤
今はAdobeやWordpressなどの便利なツールが完備されていて、少し検索すれば誰でもアウトプットが作れるようになりました。そうなると、クリエイターとはなんぞや?という話にもなってくる気がします。
渡邊さん
インターネットがインフラになり、SlackやYoutubeといった便利なプラットフォームがどんどん生まれてインフラを分厚くしています。今後は、これらのインフラをフル活用して新しいものを作れる人が、クリエイターと呼ばれるのではないかと個人的には思っています。
齋藤
そこは事業会社のインハウスの発想に近いですよね。新しいテクノロジーやサービスにデザインをインストールしていくイメージです。
渡邊さん
融合することで生まれる価値があります。ダイソンも、圧倒的な吸引力を強みとする製品にUI/UXを掛け合わせたことで家電業界に革命を起こしました。いい融合を作れるかどうかが大事な気がします。
齋藤
融合は一つの大きなテーマだと思います。ウェブ制作自体もどんどん分業制になり、複数の作り手の力を融合してアウトプットを作っています。さらに、ウェブ制作にマーケティングやブランディングなどの領域も融合されてきました。それなのに、デザイナーが「僕は自分の領域だけ頑張ります」というスタンスではダメだと思うんです。
渡邊さん
僕らの時代は、ゼロから新しいものを生み出すのがクリエイティブなものづくりでしたが、その考え方自体が古いのかもしれません。この人とこの人を組み合わせるという作業もクリエイティブだし、インフラを組み合わせて新しいサービスや概念を作ることもクリエイティブ。あるものをつなぎ合わせて新しい価値を作る人が「クリエイター」で、その先のアウトプットを実際に作る人が、「作り手」という整理もできそうです。
齋藤
その作り手に該当しているのが、私たち多くのフリーランスです。その時、これを作って欲しいという依頼に対して、「なぜ作るのか?」「どうして必要なのか?」といったことを考えないと、本当にただの作業員になってしいます。本来であればそこを知らないとものは作れないし、デザインはできないはず。というのが僕の問題意識です。
渡邊さん
「クリエイターはこうあるべき」という考え方は時代に合わない
以前、大手ゲーム会社のリクルートサイトを担当させていただいたとき、そこにエントリーしてくる学生の第一志望が商社だということに衝撃を受けました。僕はてっきり、ゲーム会社にはクリエイターが集まるものだと思っていたのに、商社を目指すような人も集まってくるのかと。つまり、クリエイターのサラリーマン化が始まったのではないかと思うんです。
齋藤
事業会社がクリエイターを雇うようになったことは、まさにサラリーマン化の潮流を顕著に表している気がします。
渡邊さん
クリエイターのレンジが広がりましたよね。プロセスから携われる人もいれば、特定の技術に優れている人もいて、黙々と作業するのが得意な人もいる。ひと昔前はとにかく技術の凄い人が偉かったけれど、今のビジネス構造的にはプロセスから携われる人も、黙々と作業する人も大切なクリエイティブ人材です。
齋藤
ものづくり自体が多様化している今、40代以上のクリエイターは、昔の感覚を解放しないといけないかもしれません。「クリエイターはこうあるべき」という固定概念が強すぎるから、そうじゃない人材やビジネスとのミスマッチが起きている気がします。
渡邊さん
クリエイターの多様性を許容しないと時代に乗り遅れるのは間違いないと思います。昔の感覚を守り続けていると、時代にマッチした組織体は作れないし、今の時代は大勢のクリエイターと協働しないと、世の中にインパクトを与えるものを作るのはなかなか難しいです。
齋藤
今の話を踏まえて、改めて一個人のクリエイターのレイヤーに戻ると、クリエイターとしての選択肢が多様にある中で、「じゃあどこを目指すの?」という問いが重要になると思います。今後ますます分業化が進んでいくと、プロセス全体に関わる意識を持たないクリエイターは本当にただの作業員になってしまいます。
渡邊さん
僕は、必ずしも全員がプロセスや課題解決に携わる必要はなくて、言われたことを黙々と作業するクリエイターがいてもいいと思っています。そういう人たちが活躍できる場は確実に増えていますよね。ただ、自分がどこを目指すのかを明確にすることが大事というのは、まさにおっしゃるとおりだと思います。
齋藤
それこそ40代からのキャリアを考えるにあたって、このまま技術で勝負するのか、プロセスや課題解決に関わるのか、オペレーター的な仕事に徹するのか、方向性を明確にしたほうがよいと僕は思います。自分のことは棚に上げていろいろと言ってしまいましたが、僕も必死に学びながら、同じ危機感を持つフリーランスWebデザイナーの助けに少しでもなれるような活動を、今後も続けていきたいと思います。
渡邊さん
僕もクリエイターを応援したい、もっと社会で活躍できるようにしたいという気持ちは渡邊さんと同じなので、今後ぜひ何か一緒に協働したいですね。気が向いたら、ぜひARCHETYP Staffingへの登録もお願いいたします(笑)。
本日はありがとうございました!!
齋藤