近年、いわゆる制作会社やデザイン事務所ではない一般企業や事業会社が、社内にクリエイティブの専門部署をつくったり、クリエイターを社員として雇ったりするケースが増えています。
ARCHETYP Staffing Magazineでは、これまで実際にインハウスで働いているクリエイターの方に、仕事のやりがいや大変さ、どんな働き方をしているのかをインタビューしてきました。
そこで今回は、インハウスクリエイターを組織する企業側の実態にフォーカスしたいと思います。
お話を伺ったのは、日本一の競馬ポータルサイト「netkeiba.com」や「週刊ベースボールONLINE」等の運営を行う株式会社ネットドリーマーズ代表取締役社長の向江俊和さん。
「インハウス」や「デザイン経営」という言葉が世の中に浸透するずっと前から、事業会社でありながらクリエイティブの力を最大化させて成長を遂げてきた会社です。
クリエイターはもちろん、これからクリエイティブに注力していきたいと考えている企業の方も必見のインタビューです!
向江 俊和(むかえ としかず)さん
株式会社ネットドリーマーズ
代表取締役社長
東京大学大学院にてナノテクノロジーを研究。大学院修了後、2001年より株式会社ネットドリーマーズに入社。同年、取締役COOに就任。主力サービスである「netkeiba.com」の立ち上げも行った創業メンバー。2018年6月、同社代表取締役社長に就任。
質の高いサービスを早くつくるには、内部にクリエイターがいることが欠かせない
―最近、日本では政府が「デザイン経営宣言」を提唱しているように、デザインを経営にとりいれようとする流れが起きつつあります。その中で、スムーズにデザイン経営へと転換してバリューを出している会社もあれば、なかなかうまくいかずに試行錯誤している会社もあると思います。そこで、90年代の創業当時からクリエイティブに注力されてきた御社に、事業会社がクリエイターの力をうまく活用するための秘訣などをお聞きしたいと思っています。
ありがとうございます。参考になればいいのですが(笑)。
向江さん
―ぜひ、よろしくお願いいたします! はじめに、御社がどんな組織体制になっているのか、クリエイティブ職も含めて教えていただけますか?
我々は、大きく機能別にまとまったユニット・グループをつくっています。プランナー、プロデューサーをメインとしたグループ、開発グループ、制作グループ、編集グループ。営業職もありますが、営業は3〜4人で回しています。
向江さん
―すると、ほぼ全員がものづくりに携わっている感じですね?
そうですね。いろんなプロジェクトに複数グループの人間をアサインしてプロジェクトを進めています。全体的にはそういう組織です。
向江さん
―職種でいうと、どんな方がいるのでしょうか?
まず、ビジネス・サービス面やコンテンツ関係の企画系、それからシステムなどの開発系、デザインやコーディング、編集などの制作系、あとは集客施策などを考えるマーケティングチーム。そして、広告営業ですね。
向江さん
―そうすると、ものづくりの部分はほとんど内部で担っているイメージでしょうか?
そうですね、編集ライティングは外部の方に協力してもらうこともありますが、全体的には自分たちでイチからつくっています。
向江さん
―ネットドリーマーズ立ち上げ時から内部で制作していたのですか?
はい、ほぼ内部でやっていました。
向江さん
―そこにはどんな狙いがあったのでしょうか?
私たちのサービスはBtoCなので、コンテンツの質の高さやスピード感は絶対に譲れない部分でした。コンテンツに対する熱意があり、スピードがあり、ナレッジがどんどん溜まっていく仕組みを目指すと、内部でつくるのが一番です。それに設立して間もない頃は、臨機応変な対応を外部にお願いする予算もありませんでした。安く、早く、質が高いものを追求していった結果ですね。
向江さん
―以前インタビューさせていただいた入山さんもそうですが、未経験のアルバイトの方にもクリエイティブ面でいろいろと挑戦させる文化があるとお聞きしています。リスクもあると思うのですが、どうしてでしょうか?
もちろん技術も重要ですが、それよりも欠かせないのが本人の熱意です。当時からクリエイターの熱意があれば絶対に良いサービスがつくれると思っていました。
向江さん
―熱意というのは、成長意欲やサービスに対する思いですか?
そうです。未経験でもサービスやクリエイティブに対する熱意があれば、1年ぐらいでこちらが望むパフォーマンスは出せるようになります。やってみたい、チャレンジしてみたいという気持ちが大事ですよね。
向江さん
―でも最初の1年は、会社的にも大変ですよね。
まぁそうですね。ただ、一つのサービスを成長させ続ける会社なので、その過程には細かいタスクがいっぱいあるし、できることは小さなことから大きなことまでたくさんあります。ですので、コツコツとやっていれば本人の中にどんどんノウハウが溜まって、成長しやすい環境ではあるかと思います。
向江さん
―権限を与えるといいますか、社歴が浅い方にも任せる社風がありますよね?
はい。アルバイトだからこう、社歴が長いからこう、ということはあまり意識していません。アルバイトの人にも社員と同じタスクを持ってもらっています。
向江さん
―アルバイトから社員になるケースも多いのですか?
それはかなり多いですね。弊社の特徴の一つかもしれません。
向江さん
ユーザーの期待値を超えるものしか、世の中に出さない企業文化
―社内にものづくりに関わる人が多いことで、企業としてはどんなインパクトが出せていると思いますか?
BtoCサービスは、ユーザーの期待値を超えるものを出さないと評価されません。普通のものをつくっても意味がないと言いますか、ユーザーが驚くレベル、感動するレベルを狙わないとビジネス的なインパクトは起こせません。
そのクリエイティブを生み出す源泉は、内部で「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤する中から出てきます。そこはやはり、事業会社としては大きなバリューだと思います。ユーザーの期待値を超えるクリエイティブが生み出せる。普通のものは、意外と簡単に出せるんですよ(笑)。
向江さん
―競馬というジャンルがユーザーの人生に関わるものなので、特にユーザーの期待値や熱量は他のコンテンツより高いかもしれないですよね。社員も競馬に対する熱量が大きい人が多いですか?
競馬に対する熱量もそうですし、サービスに対する熱量もかなり大きいですね。
向江さん
―なるほど。それこそ、日本一の競馬サイトを担っているという責任感でしょうか。
改修したものが世の中に出るまでに、けっこう内部で何度もダメ出しされます。そう簡単には世に出させない、という文化があります。ローンチの期日はありますが、妥協して良くないものを出してしまうと意味がないどころか、むしろマイナス要素になります。ダメなものは絶対に出しません。
向江さん
―ユーザーの期待値を超えるには、まず社内の期待値を超えないといけない(笑)。
はい。ある程度の規模の改修などは、それこそ全社員にベータテストをやって意見を募っています。フィードバックを集めてブラッシュアップして、こだわってこだわって、ようやく世の中に出る感じですね。
向江さん
―そうすると、ローンチまでのプロセスにおけるタスクも細かくなりますし、クリエイターにも柔軟性が求められますね。
そうですね。だからこそ、予算・スピード・クオリティ面で、なかなか外部では難しい面があります。
向江さん
採用では技術や経験よりも、好奇心と吸収力を見る
―御社のインハウスクリエイターに共通する傾向や風土はありますか?
まず大前提として、BtoCサービスなので、そこにクライアントがいるわけではありません。エンドユーザーと向き合ってやっていくので、全員がユーザー志向、ユーザーありきの発想で仕事をしています。ユーザーが何を求めていて、どう満足させるのかを、けっこうロジカルなディスカッションで構築しています。カルチャー的には、エンドユーザー至上主義ですね。
向江さん
―クライアントワークはないのでしょうか?
法人部門が別にあるのと、広告タイアップのコンテンツは広告主の意向があります。でも、そこもエンドユーザーへの効果という視点で提案させていただいているので、やっぱりエンドユーザーありきですよね。
向江さん
―エンドユーザー志向のクリエイターがいることは、事業会社として大きな強みですよね。育成面で心がけていることはあるのでしょうか?
論理的思考を基本として身につけましょう、と話をしています。ロジカルシンキングに関するビジネススクールやセミナーなどは、企画だけでなく開発や制作のメンバーも行かせています。その上で、各自取り組むテーマがあると思うので、そこは各チームリーダーの判断で、学ばせたいテーマがあれば会社的に支援しています。
向江さん
―制作会社もクリエイティブを重視するところと、ロジカルを重視するところで分かれるという話を聞くのですが、御社はロジカルを重要視しているのでしょうか?
ロジカルはビジネスを行う上で大前提として必要なものですよね。ただ、アートを軽視しているわけではなく、最終的に人を感動させるのはアートだと思っています。
向江さん
―ロジカルに比べると、アートの部分を育成するのはけっこう難しいと思うのですが、会社として推奨していることはありますか?
私たちはコンテンツを扱っている会社なので、いろんなコンテンツを体験することを推奨しています。世の中で流行っているサービスや、新しいサービスを無視せずに触れることが大事ですよね。
向江さん
―社風としても、新しいものに触れる文化がありますか?
けっこう根付いていると思います。みんなが自主的に新しいものをどんどん試して、おもしろいものをどんどん共有していきます。
向江さん
―話を伺っていると、御社のクリエイターは自発的に学ぶ人が多い印象です。そこは入社して企業文化に馴染んでいく中で自然と身につくものなのでしょうか?
それでいうと、クリエイターを採用する際にそういうタイプを選んでいる側面はあります。好奇心や素直さ、吸収力がある人ですね。
向江さん
―競馬サイトというサービスの特性上、ものごとを追求する人が集まりやすいイメージがあります。
たしかに、ひとつのサービスを地道に良くしていく作業は職人的な部分が大きいので、細部にこだわる人が多いかもしれないですね。競馬という側面もあるので、深く知りたい人が自然と集まるのかもしれないです。
向江さん
―逆に、どんなに経験やスキルがあっても、熱量や好奇心がない人は採用しないのでしょうか?
そうですね。良いサービスを生み出すのは技術や経験よりも、絶対に熱量だと思います。
向江さん
たくさんのボツの中から、ユーザーに感動をもたらすサービスは生まれる
―今後、クリエイティブ面でもっと注力していきたいことはありますか?
コンテンツサービス、ネットサービスなので、最先端じゃないものはどんどん古くなっていきます。技術面もそうですし、サービスそのものの立て付けも含めて、新しいものを取り入れて進化していきたいですね。
向江さん
―それこそ、クリエイターの一人ひとりがインプットしたことを自分たちのサービスで試していく?
私は、もっとたくさんボツが出たほうがおもしろいと思っています。たくさんのボツの中に、一つすごく新しくて良いものが出てくるのが理想です。それはトライしないと出てこないので、ダメかもしれないけれどチャレンジできる環境をもっとつくっていきたいです。
向江さん
―御社のクリエイターなら、それができそうですよね。
本能的にはみんなあるけれど、基本的に真面目なんです(笑)。抑制されている部分もあるので、そこを解放していけると良いなって思っています。
向江さん
―ボツをたくさん出せるのは、インハウスじゃないとできないかもしれませんね。
そうかもしれないです。何度も試行錯誤できるのはね。これは、単純にABテストをやれば良いという話ではありません。コンバージョンが高いものに人は感動するのかというと、それはまた違います。
向江さん
―先ほどのロジックとアートの話にも通じることですよね。
ロジックも大事ですが、やっぱりアートは数字では表せません。最終的にユーザーは心地よい何かを求めているはずなので、数字で最適化された世界をつくって満足するのではなく、もっとトライできることがあると思っています。
向江さん
―そうすると、新しい技術やセンスを持ったクリエイティブ人材を求めていますか?
技術はサービスと結びつかないと意味がないので、エンドユーザー目線で長けた技術をアウトプットできる人は魅力的ですよね。その意味では、技術を見抜く力も重要です。たとえば、VRがトレンドの一つにありますが、新しいVRサービスをつくってもエンドユーザーが満足するものでなければ使われないサービスになってしまいます。エンドユーザーの視点に立った時にバリューが出せない技術には、我々は食いつかないように気を付けています。
向江さん
―ありがとうございます。とても参考になる話が伺えました。やはり、御社は創立時から今に至るまで、一貫して「デザイン経営」ですよね。
デザインは私たちのビジネスの中で大部分を占めていると思います。どんなに事業戦略やマーケティング戦略を議論しても、その成果にユーザーが触れるのはスマホ画面、パソコン画面です。その中で感動が生まれたり、使いやすいよねと評価していただけたりします。必然的にデザインが担っている領域はかなり大きいですよね。デザインが私たちのビジネスを牽引していると思っています。
向江さん
―向江さんの話を伺っていて、やはり経営者がデザイン思考で物事をジャッジできるか、クリエイティブを軸にした経営判断ができるかどうかがひとつのポイントになりそうだと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
(了)