もはや、国家プロジェクト。
「デザイン経営」ってナンダ?

近年、会社経営に「デザイン」の思考や手法を取り込む「デザイン経営」に注目が集まっています。

特に、2018年5月に経済産業省と特許庁の「産業競争力とデザインを考える研究会」が公表した『「デザイン経営」宣言』は、デザインの重要性を日本企業に広く啓蒙し、国家プロジェクトとして「デザイン経営」を推進していくことが明示されたもので、クリエイティブ業界でも大きな話題となりました。

発表から1年が経ち、「デザイン経営」という言葉自体は世の中に定着しつつありますが、具体的にはどんなものなの?どうやって実践するの?政府は何に取り組むの?といった疑問をお持ちの方も多いようです。

そこで今回は『「デザイン経営」宣言』が生まれた背景や定義、実践する方法、政府の今後の取り組みについて解説したいと思います。

そもそも「デザイン経営」ってなに?

「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である。

経済産業省・特許庁 産業競争⼒とデザインを考える研究会 2018年5⽉23⽇.「デザイン経営」宣⾔, 6p.

これは、産業競争力とデザインを考える研究会による「デザイン経営」の定義です。

ちなみに、前提条件として、同研究会が考える「デザイン」の定義をまとめると、

  1. デザインは、企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営みである。
  2. デザインは、イノベーションを実現する力になる。

とあります。

1については、デザインには外見を良くするだけではなく、企業が大切にしている価値や意志を一貫したメッセージとして伝える役割があり、それが他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値につながると説明しています。

これは、ひとことで言えば「デザインとはブランディングである」ということでしょう。

2については、デザインは人々が気づかないニーズを掘り起こして事業にしていく営みであり、既存の事業に縛られずに、顧客目線によるイノベーティブな事業化を構想できるものだと説明しています。

つまり、デザインを重要な経営資源として活用することで、企業のブランド力とイノベーション力を向上させることが、「デザイン経営」の役割だと考えられます。


「デザイン経営」宣言が生まれた背景

なぜ、同研究会は「デザイン経営」を宣言したのでしょうか?

その背景には様々な要因がありますが、最も大きいのは「日本産業の競争力が低下し、世界に遅れをとっている」という危機感です。

日本は人口・労働力の減少局面を迎え、世界のメイン市場としての地位を失った。さらに、第四次産業革命により、あらゆる産業が新技術の荒波を受け、従来の常識や経験が通用しない大変革を迎えようとしている。

(中略)そのような中、規模の大小を問わず、世界の有力企業が戦略の中心に据えているのがデザインである。一方、日本では経営者がデザインを有効な経営手段と認識しておらず、グローバル競争環境での弱みとなっている。

経済産業省・特許庁 産業競争⼒とデザインを考える研究会 2018年5⽉23⽇.「デザイン経営」宣⾔, 1p.

日本はかつて技術大国として世界のあらゆる産業をリードしていました。こうした背景から日本では「イノベーション=技術革新」という認識が根強くありますが、実はイノベーションの本来の意味は「発明そのものではなく、発明を実用化し、その結果として社会を変えること」だと言います。

つまり、革新的な技術を開発するだけでイノベーションが起きるのではなく、その技術を社会のニーズに結び付けて新しい価値を生み出すこと、すなわちデザインが介在することで初めてイノベーションが起きるのです。

イノベーションに対する世界と日本での認識の違いは、「意匠登録」の数を見るだけでも海外企業との差を生んでいるようです。

このプロセスを知財の観点からたどると、発明が行われると特許が出願され、その発明が商品化され市場に投入できるようになると意匠が登録されるということになると考えられる。

ダイソン、アップルなどの企業は、特許出願が増えた後に意匠登録が増えるのに対し、日本企業の多くにおいては、1980年代に盛んだった意匠登録が、1990年代以降は低迷している。

経済産業省・特許庁 産業競争⼒とデザインを考える研究会 2018年5⽉23⽇.「デザイン経営」宣⾔, 2p.


世界の主戦場は「顧客体験の質」へ

実際、世界をリードしている日本の産業は、自動車や家電といった「ハードウェア」と「エレクトロニクス」を組み合わせた領域が中心。

一方、世界の産業の主戦場は、ハードウェアとエレクトロニクスの組み合わせを前提に、さらに「ネットワーク」「サービス」「データ」「AI」を組み合わせた領域に急速にシフトしつつあるといいます。

そして、この領域において競争優位性の源泉となのが「顧客体験の質」であり、それこそアップルやダイソンなど、顧客体験の質を大幅に高める手法である「デザイン」に注力する企業が世界的に強い存在感を発揮していくようになります。

この時代のイノベーション競争をリードするグローバル企業は、質の高い顧客体験を設計するために、顧客やセンサーによって得られたビッグデータを活用してサービスの改善・拡張を速いスピードで進めている。

製品やUIだけでなく、プラットフォームやデータを精緻にデザインし、高度な技術と組み合わせることで、競争力の高いビジネスモデルを築いている。

経済産業省・特許庁 産業競争⼒とデザインを考える研究会 2018年5⽉23⽇.「デザイン経営」宣⾔, 4p.


「デザイン経営」への投資はリターンに見合うのか?

「デザイン経営」を導入するための投資コストは決して少なくありません。しかし、そのリターンがはるかに大きいことが欧米の調査では明らかになっています。

たとえば、British Design Councilはデザインに投資すると、その4倍の利益を得られると発表。Design Value Indexは、S&P500(アメリカの代表的な株価指数)全体と比較して過去10年間で2.1倍成⻑したことを明らかにしています。

その他の調査を見ても、「デザイン経営」を行う会社は高い競争力を保っているようです。


「デザイン経営」の第一歩は、経営層にデザイン領域のスペシャリストを入れること

では、「デザイン経営」を実践するためにはどんなことが必要なのでしょうか?

政府はまず、「デザイン経営」の必要条件を2つ提示しています。

  1. 経営チームにデザイン責任者がいること
  2. 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

デザイン責任者とは、「製品・サービス・事業が顧客起点で考えられているかどうか、又はブランド形成に資するものであるかどうかを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持つ者」を指します。

つまり、経営層や事業構想メンバーにデザイン領域のスペシャリストを入れることが「デザイン経営」の出発点となるのです。

さらに『「デザイン経営」宣言』では、「デザイン経営」を実践するための具体的な取り組みについて下図のように6つのアクションを提言しています。


政府が行うべき5つの政策提言

最後に同研究会は、政府が行うべき政策について、「情報分析・啓発」「知財」「人材」「財務」「行政の実践」の5つの切り口から提言を行っているので、そちらを抜粋して紹介したいと思います。

情報分析・啓発

  • 継続的に技術動向や市場動向などを調査・分析するとともに、有識者を交えた組織を設置する。
  • 成功事例を広く共有し、デザイン経営の機運を醸成する。
  • シンポジウム等のイベントを経営者や有識者を招いて開催する。


知財

  • 新技術の特性を活かした新たな製品やサービスのためのデザインや、一貫したコンセプトに基づいた製品群のデザインなど、その保護対象を広げるとともに、手続きの簡素化にも資するよう、意匠法の大幅な改正を目指す。


人材

  • 企業・大学等において、事業課題を創造的に解決できる人材(高度デザイン人材)の育成を推進する。
  • ビジネス系・テクノロジー系人材がデザイン思考を、デザイン系人材がビジネス・テクノロジーの基礎を身につけるための研修などを実施する。
  • 海外からの人材の戦略的獲得を行う。


財務

  • デザインを活用する意欲を持つ企業の取り組みを後押しするため、財務面でのインセンティブ措置として、デザインに対する補助制度の充実・税制の導入を検討する。


行政の実践

  • 提供者視点ではなく、利用者視点で行政サービスを設計するために、デジタル・ガバメント実行計画(政府・地方・民間全てを通じたデータの連係、サービスの融合を目指す計画)とも連動して、「デザイン思考」の導入を推進する。
  • 特許庁において「デザイン思考」を導入する。


今回ご紹介した資料にも記されているとおり、今後もテクノロジーの進化やグローバル競争の激化によって、「デザイン経営」の重要性は高まっていくことが予想されます。

企業の方々は、ぜひ自社の経営や事業にデザイン経営を取り入れてみてはいかがでしょうか?

そして、日々デザインに携わっているクリエイターの方々にとっては、「高度デザイン人材」として活躍できるチャンスが広がっているといえます。そのためには、デザイン領域に関する知識やスキルを磨くことはもちろん、ビジネスやテクノロジーの知識を身につける必要もあります。

今後、高度デザイン人材を育成するための研修やセミナーなども増えていくと思いますので、興味のある方はぜひ参加してみてください。

当メディアでも、おもしろい研修などを見つけたら、積極的に紹介していきたいと思います!

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