「大企業×ラクガキクリエイター」
タムラカイ誕生ストーリー

富士通デザインに所属しながら、ラクガキコーチ/グラフィックカタリストとして社外でも活躍するタムラカイさん。

個人ブログを始めたことがきっかけで社外活動をスタートさせたタムラさんですが、活動が軌道に乗った時、彼は独立ではなく「会社に残って活動を続ける」という選択肢を選びました。

しかも、歴史あるレガシーな大企業に。

どうして、会社員を続ける道を選んだのか?そうすることで、どんな変化が起きたのか?

大企業でやりたいことをやる、というワークスタイルを実現させたタムラカイさんの、現在に至るまでの道のりをご本人に聞いてみました。

タムラカイさん

富士通デザイン株式会社
デザイナー/グラフィックカタリスト/ラクガキコーチ

2003年富士通入社、GUIデザイナーとしてキャリアをスタート。2014年から「ラクガキ」という根源的な表現行動を用いたワークショップを開始。感情表現記法「emography®️」などオリジナルメソッドやツールによる非認知スキル向上プログラムをデザインし、企業・自治体向けに人材育成、チームビルディング、組織マネジメントなどの講演・講座を行なっている。著書に『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』など。


僕が仕事をできるのは「富士通」の看板があるから。危機感を抱いて始めた個人ブログが最初の転機に

―タムラさんの経歴を教えていただけまでしょうか?

2003年に富士通へ入社し、総合デザインセンターという部署に配属されました。その部署がのちに分社化し、富士通デザインという会社になります。

キャリアのスタートはWeb系のGUIデザイナーでした。そこから、いわゆるガラケーの画面や壁紙、アイコンなどのデザインをして、その後スマートフォンの立ち上げ時にはUIを含めた全般的なUXデザインに携わっていました。

タムラカイさん

―会社でのお仕事は充実していたのですか?

いえ、正直なところ望んでいないジョブローテーションがあったり、なかなかうまくいかない時期がありました。一時期は社内ニートのような状態でしたよ…笑

タムラカイさん

―そうだったんですね。転職などは検討されたのですか?

考えたこともありました。ただ当時は子どもが生まれたばかりだったので、なかなか辞められないなぁと。くすぶっていましたね。

タムラカイさん

―そこから、個人の活動につながっていくのですか?

仕事がうまくいかなかったこともあるのですが、ある時にふと気づいたのです。

「僕がやっている仕事は、『富士通さん』だからできている仕事で、『タムラさん』だからできている仕事じゃない」と。

もし万が一、会社が潰れたりでもしたら僕は仕事がなくなってしまう。これから先、企業ではなく個人で見てもらえるようにならないと生きていけないと思いました。その時、たまたま会社の仕事でブロガーさんと出会ったことがきっかけで、彼らと仲良くなりたくて個人ブログを始めてみたんです。2009年ごろですね。

タムラカイさん


―ブログを始めてから、どんな変化が起きたんですか?

徐々にブロガーとして注目されるようになり、社外のつながりが増えていきました。でも、「ブロガー」になることが目的だったわけではないので、自分の軸はなんだろう?と考えていました。

そんなある時、知り合いから「あなたは考えたり話したりする時、めっちゃ楽しそうに絵を描くよね?自分は絵を描くのが楽しいと思ったことがないから教えてくれない」と言われたんです。

それで僕は、上手に絵を描くことは教えられないかもしれないけれど、絵を描く楽しさは教えられるかもしれないと思いました。

そして、2014年にラクガキ教室というワークショップを始めたんです。

タムラカイさん

―これまで絵のワークショップとかはやったことがなかったんですよね?

はい。ただ、会社でワークショップに参加したり、開催したことはあったので、そこで学んだことを応用してみようと。それこそ、Webデザイン、プログラミング、マーケティングなど仕事と個人活動で学んだ知識を総動員して、ラクガキ講座のWebサイトも作りました。

タムラカイさん



周囲に勧められた独立。「だから、僕は会社に残ることにした」

―ラクガキ講座は、最初からビジネスとしてやっていたのですか?

いいえ、最初は友達やブログ仲間、Facebookの友達に向けて開催していました。でも、そのうち、企業研修でやってもらえませんか?うちの自治体のイベントでやりたいんだけど?と言った話が来るようになり、徐々に仕事へと変わっていったんです。

さらに、たまたまWebサイトを見た出版社の人から声をかけられて、ラクガキに関する本を出版することもできました。

タムラカイさん

―順調に個人としてのポジションを確立してきたのですね。会社での立場や仕事への向き合い方も変わりましたか?

相変わらず社内ニートをやっていました(笑)。当時の上司に呼び出されて「お前、そんな調子じゃ5年後やばいぞ」と言われたのですが、「はぁ。そうですかね」という感じで。社外の活動が充実していたので、ぼーっとしていました。

タムラカイさん

―すごいですね(笑)。その時、個人で仕事していることは会社に話していたんですか?

一応、上司には話しましたが、「税金まわりはちゃんとしろよ」と言われるぐらいで。念のため就業規則も読み込んでみたのですが、副業禁止の文言はなかった。

タムラカイさん

―意外ですね。歴史のある大企業なので、てっきり副業禁止なのかと思っていました。でもやっぱり気になるのは、どうして独立の道を選ばれなかったのかということ。個人活動が軌道に乗って独立するパターンが多い中、会社を続ける選択肢を取ったのはなぜでしょうか?

当然、社外の知り合いは口を揃えて「独立したほうがいい」と言いました。その時、僕は思ったんです。

「ほう…みんなが独立を進めるということは、独立しないほうが面白いだろうな」って。

タムラカイさん

―えっ、そうなんですか(笑)?

天邪鬼ですよね。みんなが薦めるということは、独立という道は予測可能な未来じゃないですか。

じゃあ、予測不可能な未来の道を進んだらどうなるのかな?ということに興味が湧きました。

それに、僕はずっと会社の中ではぐれ者だったけれど、やっぱり会社と良い関係を築いて仲間を作っていったほうが、自分の未来が豊かになると考えました。その時からですね、心を入れ替えたのは(笑)。

タムラカイさん


―会社にきちんと向き合うようになったということですね。

はい。ラクガキコーチやグラフィック・カタリストとして培ってきた経験を、会社に還元することはできないか。どうすれば会社に貢献できるだろうかということを考え始めました。

ちょうど同じタイミングで、メディアの取材なども増えてきまして。それまで僕は「富士通」という肩書きを一切使っていなかったのですが、ちゃんと「富士通」という企業名を出すようにしたのです。

その後、「グラフィックカタリスト・ビオトープ」というチームを会社の中に作りました。グラフィックレコーディング、研修、ワークショップなどを行う部活動のような組織なのですが、富士通の仕事も受けるし、外からの仕事も受けています。

タムラカイさん



会社で新しいことに挑戦するなら、「お前ならできる」と信頼されることが必須

―基本的には富士通さんで働いているんですよね?

いちおう、9時〜17時が定時ですが、今はテレワークの制度もあり、オフィスに行かないことも多いですね。

タムラカイさん

―そうなんですね。職場の上司や同僚には、タムラさんの働き方は理解を得られていたのですか?

やはり信頼関係があってこその自由だと思うので、そこは僕も意識して取り組みました。新しい技術を習得したらいち早くみんなに伝えたり、個人の活動を会社に還元する時、誰にどんな言い方をすれば味方になってもらえるかを必死で考えたり、相手の期待以上の結果を出すことに一生懸命になったり。

でも、僕以上に頑張ってくれたのは今の上司だと思います。「タムラ君のマネジメント方針は放置がいちばん良い」と言って、多方面に働きかけてくれました。

タムラカイさん

―そこは組織の力というか、良いところですよね。

そうですね。僕の場合は理解のある上司に恵まれて、本当に運が良かったと思います。

「組織」と言っても小さくすると最小単位は2人じゃないですか。やっぱり、人と人との関係なんです。新しいことに挑戦したい時、「お前ならできるよ」と応援してもらうためには相手との信頼関係が欠かせません。その信頼を何で作るか?が重要だと思います。それこそ、デザインですよね。

タムラカイさん



今の職場で120%の結果を出す。それが「やりたいこと」を勝ち取る一番の近道

―読者のクリエイターの中にも、組織の中で働いているけれど、本当はやりたいことがあって悩んでいる人や、会社を辞めて独立するか迷っている人がいると思います。タムラさんのような働き方はなかなか真似できないかもしれないのですが、組織に所属しながらやりたいことをやるためのコツはどんなところにあるのでしょうか?

今の職場で120%の本気を出して、目に見える結果を残す。まずは組織の中で「自分はこれだ!」というものを作ることが大事だと思います。

僕自身がはぐれ者だったからこそ痛感するのは、やっぱり最初は組織に溶け込んで、組織の中で自分のウリを作らないと信頼関係はなかなか築けない。

そのうえで、外の世界にも逸脱して、自分のやりたいことを磨く。さらに外の世界で見つけてきたものを組織に持ち帰って、組織を変えていく。

それを続けていれば、自然と自分のやりたいことが組織の中で実現できるようになっているのではないでしょうか?

だから、まずは今の職場で信頼を得る。それが一番の近道だと思います。

タムラカイさん

―目の前の仕事で結果を出しながら、外の世界にも踏み出すことが大事なんですね。

組織で働く時はどうしても目の前の仲間と仕事をするので、実は世界は広いのだということを忘れがちになります。もちろん、SNSやニュースで世界の情報は手に入るけれど、実際に外の世界に飛び込んで体験することが大切なのかなと。

クリエイターの強みは、何かしらモノを創る能力があるということ。それができる人は世界的に見るとすごく少ないので、可能性は無限にあると思っています。

タムラカイさん

―貴重なアドバイスをありがとうございます!

松山 響
撮影
上岡 伸輔
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