DX(デジタルトランスフォーメーション)は、政府も本腰をあげて推進するなど、今や無視できないビジネス上の課題です。IoT、AI、ロボティクスなど最新のITテクノロジーを有効活用しながら、新しい価値を創造するために、何から始めればいいのでしょうか?
その鍵となる答えのひとつがデザイン思考(デザイン・シンキング)です。今回は、デザイン思考の基本知識や、デザイン思考が実際にDX実現にどのように役立つのか、具体例を交えながらご紹介します。
デザイン思考とは?基本知識のおさらい
デザイン思考とは、ユーザーの要望に寄り添った製品やサービスを開発することで世の中にイノベーションを起こし、新しい価値を創造する手法のことです。この文脈でいうデザインとは、人々が追い求めている潜在的なニーズを見つけ出し、新しいプラットフォームを開発して問題を解決するという意味もあります。
隠れたニーズを具現化するデザイン思考は、古くから研究されている手法です。ここではひときわ存在感を放つスタンフォード大学の「d.school」を例に、デザイン思考の基本情報をおさらいしましょう。
デザイン思考を学べる「d.school」
アップルやグーグルを育んだシリコンバレー。このシリコンバレーに優秀な人材を輩出しているのが、地元のスタンフォード大学です。スタンフォード大学の卒業式でおこなわれた、スティーブ・ジョブズのスピーチからもつながりの深さがよくわかります。
デザイン思考は、このスタンフォード大学のHasso Plattner Institute of Design、通称「d.school」から発信されています。「d.school」の特徴は、グラフィックデザインを学ぶ場ではなく、総合大学の学科横断型プログラムだという点です。分野を超えて学生や教職員が集まり、デザイン思考を実践しながらイノベーション力を鍛えています。このことから分かるように、モノづくりの現場ではありません。ポイントは人間中心のデザインだということです。インタビュー、フィールドワークや観察を通じて、問題解決の手法をデザインします。
DX実現に向けて活用したい!デザイン思考の5つのステップ
ここでは、「d.school」の授業でも取り入れられているデザイン思考の5つのステップをご紹介します。これは、ハッソ・プラットナー教授によって提唱されたものです。
DXの実現において必要なのは、DX後の理想とするゴールの姿を明確にし、その実現に向けてシナリオを作成することです。数年前まで不可能だったシナリオも、今では可能にするITテクノロジーがすでに存在しているかもしれません。シナリオが完成したら、最適なITテクノロジーを選びます。この作業に、デザイン思考の5つのステップはとても有効です。ではそれぞれみていきましょう。
共感(Empathize)
世の中にインパクトのあるイノベーションを起こすデザイン思考は、ユーザーを知ることから始めます。直接関わるなかで、ユーザー自身も気づいていない驚くべき事実や、外からは見えない潜在的な心の動きを発見できれば、革新的なデザインにつながるでしょう。共感とは、相手を知る努力です。DXでいえば、サービスや製品を利用する顧客の身体的・感情的なニーズを知る努力にあたります。
では共感するために、どのように情報を収集すればいいのでしょうか?この方法は、観察する、関わる、見て聞くです。
問題定義(Define)
共感を通じてユーザーや周囲の環境から見つけた、貴重なストーリーをもとに意味づけする作業が問題定義です。ユーザーの言動や気持ちについて「なぜ」「どうして」と問いかけ、チームで掘り下げましょう。ユーザーのニーズに仮説を立て、ユーザーが本当に実現したいことは何か、問題を定義していきます。
創造(Ideate)
次に、さまざまなテクニックを利用して、ターゲットユーザーが抱える問題への解決策を創造していきます。DXの実現でも、想像力をフル稼働させて行う、問題解決に向けたアイデア出しは非常に重要です。
ここでのポイントは、アイデア出しとアイデア評価を切り分けること。想像力を発揮するために、合理的なメリットの検証といった作業は後回しにします。ブレインストーミング、物理的に作る作業、ボティーストーミングやマインドマップ、スケッチなどの手法が、解決策の創造に役立つでしょう。
プロトタイプ(Prototype)
意見を出し合って問題解決法のアイデアが固まったら、製品やサービスのプロトタイプを作ります。ここでのポイントは、素早く安価に!です。ユーザーやチームメンバーからのフィードバックを引き出すために必要なので、数分・数百円の投資で、手早く作り上げることに集中します。愛着をもつ前に、次々とプロトタイプを作りましょう。
このプロトタイプは、ユーザーがロールプレイする際に必要です。物理的なカタチのあるプロトタイプを使うことで、ユーザーはより対話や体験に集中しやすくなり、リアルな反応を得られるでしょう。
テスト(Test)
テスト段階では、ユーザーにすべて説明せずにプロトタイプを見せて反応をみます。これは、ユーザーにプロトタイプを自分なりに体験してもらうのが目的です。ユーザーはプロトタイプをどのように解釈するのか、どのように使用するのか(誤用も含めて)しっかり観察しましょう。ユーザーによるプロトタイプについてのコメントや質問を聞き逃さないようにします。
今回ご説明した5つのステップは、実際には直線的に進む必要はありません。各ステップをくり返すなかで、自分のやり方にマッチしたデザインプロセスを編み出すといいでしょう。大まかなコンセプトからディテールへと移るなかで、DX後の理想のゴールを実現するためのサービスや製品を具体化できます。
デザイン思考の成功例、アップルとブラウン
デザイン思考のパイオニアといえば、「d.school」を開設したデイヴィッド・ケリーを忘れてはいけません。シリコンバレーにあるデザイン会社「IDEO」の創立者でもあります。アップル創立者の故スティーブ・ジョブズは、このデイヴィッド・ケリーのクライアントでした。デザイン思考をベースにこの二人で作り上げたのが、アップル社の初期型マウスです。
デザイン思考を実践し続けている企業といえば、このアップル。理想とするデザイン・ターゲットがあり、それを実現するためにエンジニアリングして、数多くの製品が生まれています。iPodもデザイン思考の成功事例です。小型のCDプレイヤーやウォークマンが全盛だった開発当時、「いつでもどこでもその場で選んだ音楽を聴きたい」というユーザーの潜在的なニーズを発見したことが始まりでした。
グローバルに事業を展開するP&Gが手がける主力ブランドといえばブラウン(BRAUN)。ブラウンの電動歯ブラシのラインで、デザイン思考をベースに成功させたDXのゴールは、ユーザーの心配事や不満をなくすことでした。「共感」をもとに実施したリサーチの結果、ユーザーの不満は「専用の充電器がないと充電できない」「換えのブラシを買い忘れる」ことを発見。DXの結果、誕生した電動歯ブラシは、「USB充電が可能」「Oral-BアプリとBluetoothで同期してブラシヘッドの使用状況を追跡」できるようになりました。
DXとデザイン思考との密な関係は明らか!デザイン思考はますます重要に
今回は、デザイン思考についておさらいしました。モノがあふれている時代には、マーケットの主導権をにぎるユーザーに寄り添う視点が不可欠です。ユーザーの潜在的ニーズを掘り起こすために、トップが意識を変えてデザイン思考に取り組むことが大切です。2025年の崖を目前に、DXの導入がうまくいかない状況なら、ぜひデザイン思考を活用しましょう。