風化した石に刻まれた古代ローマの文字。これまで歴史学者たちは、欠けた文字を一つひとつ手作業で推測し、何年もかけて解読してきました。しかし今、AIがその常識を覆そうとしています。GoogleがNature誌に発表したAeneasは、断片的な古代碑文を数秒で解析し、歴史学者では気づけない新たな発見をもたらしています。
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古代文字に隠された謎とAIの挑戦
ローマ帝国が栄えた時代、文字は単なる記録手段ではありませんでした。皇帝の偉業を刻んだ記念碑から恋人への落書きまで、あらゆる場所に文字が溢れ、政治的な落書き、恋愛詩、墓碑銘から商取引の記録、誕生日の招待状、魔法の呪文まで、これらの碑文は当時の人々の日常生活を生々しく物語る貴重な資料となっています。しかし現代の歴史学者たちが直面するのは、時の流れが刻んだ残酷な現実です。これらのテキストは断片的で風化しており、時には意図的に損傷を受けていることも多く、文脈情報なしに復元することはほぼ不可能な状況にあります。
従来、歴史学者たちは自身の専門知識を頼りに「対応例」と呼ばれる類似テキストを特定してきました。文言、構文、定型句、出所において類似性を共有するテキストを探し出すのですが、この複雑で時間のかかる作業には何週間、時には何ヶ月もの時間を要していました。
そこで登場したのが、ギリシャ・ローマ神話の放浪する英雄にちなんで名付けられたAeneasです。GoogleがUniversity of Nottinghamをはじめとする複数の大学と共同開発したこのAIシステムは、古代碑文を文脈化する世界初のモデルとして、数千のラテン語碑文にわたって推論し、歴史学者が解釈できるテキスト的・文脈的対応例を数秒で検索できるようになりました。
Aeneasの核心にあるのは「歴史的指紋」という独創的な概念です。各碑文の情報を、テキストが何を述べているか、その言語、いつどこから来たか、他の碑文とどう関連するかといった詳細を含む一種の歴史的指紋にエンコードする技術により、研究チームが構築した176,000を超えるラテン語碑文を収録したLatin Epigraphic Dataset（LED）から、Aeneasが瞬時に類似碑文を見つけ出します。では、このシステムはどのような技術的ブレイクスルーによって、従来不可能とされていた課題を解決したのでしょうか。
AIが実現した3つの突破
Aeneasが歴史研究に革命をもたらしたのは、3つの画期的な技術的突破によるものです。
まず第一の突破として、マルチモーダル入力による地理的出所の決定があります。Aeneasは碑文のテキストと画像の両方を同時に入力として受け取る世界初のモデルであり、テキストと視覚情報の両方を分析することで、古代ローマ帝国の62の属州のうちどこで碑文が作られたかを72%という高い精度で特定することに成功しています。
第二の突破は、未知の長さの欠損復元技術です。従来のシステムでは欠損部分の文字数が事前に分かっている必要がありましたが、Aeneasは世界で初めて、欠損している長さが全く不明なテキストの空白を復元することを可能にしました。最大10文字の空白において73%という驚異的な精度で損傷した碑文を復元し、さらに復元長が不明な場合でも58%の精度を維持するという、歴史学者にとって夢のような技術を実現したのです。
そして第三の突破が、トランスフォーマー技術による瞬時検索システムです。人間が数週間かけて行う対応例検索をわずか数秒で完了させるだけでなく、AIがどの要素を重視して判断したかを示す顕著性マップも提供するため、結果の妥当性を人間の目で検証することも可能になっています。
これら3つの技術が有機的に連携することで、従来の歴史研究では想像すらできなかった速度と精度での碑文解析が現実のものとなりました。しかし、理論上の精度がどれほど高くても、実際の研究現場で役に立たなければ意味がありません。Aeneasは本当に歴史学者たちの研究を変えているのでしょうか。
歴史研究の現場で起きている変化
Aeneasの真の価値は、実際の歴史研究現場での検証結果に如実に表れています。最も劇的な成果を示したのが、古代ローマで最も有名な碑文の一つである『Res Gestae Divi Augusti』（アウグストゥス帝の業績録）を用いた実証実験でした。
この碑文の制作年代について、歴史学者たちは長年にわたって「紀元前10年から紀元前1年頃」と「紀元10年から20年頃」という2つの説で激しい議論を続けてきました。ところがAeneasは、従来のような単一の固定年代を予測するのではなく、可能性の詳細な分布として結果を提示するという全く新しいアプローチを取りました。その結果、紀元前10年から紀元前1年頃に小さなピーク、そして紀元10年から20年の間により大きく明確なピークを示す分布が得られ、既存の学術的議論を定量的に表現したものとして研究者たちから極めて高い評価を受けています。さらに注目すべき発見として、Aeneasはアウグストゥス氏の遺産に結びついた帝国法的テキストから多数の関連する対応例を検出し、皇帝の思想がメディアと地理を越えてどのように帝国全域で再生産されていたかという、これまで見過ごされていた重要な研究視点を明らかにしました。
この成功を受けて開発チームは、より大規模な検証実験に踏み切りました。碑文研究を専門とする23人の歴史学者に協力を依頼し、碑文の復元、地理的帰属、年代特定という3つの困難なタスクを、Aeneasありとなしの両方の条件で実行してもらったのです。その結果は研究者たちの予想を上回るものでした。歴史学者がAeneasの文脈情報を予測結果と併せて活用した場合、すべてのタスクにおいて正答率が大幅に向上しただけでなく、研究者自身の判断に対する確信度も明らかに高まったのです。参加した歴史学者の一人は興奮を隠しきれない様子で「Aeneasの対応例が碑文に対する私の認識を完全に変えた。これまで見落としていた復元と年代特定にとって決定的な違いをもたらす詳細に気づくことができた」とコメントしています。
現在、predictingthepast.comでインタラクティブ版が無料公開されており、世界中の研究者、学生、教育者、博物館専門家などがこの画期的なツールにアクセスできるようになっています。開発チームはさらなる野心的な計画も進めており、Aeneasを他の古代言語や文字体系にも適応させることで、パピルスから古代貨幣まで、より広範囲の歴史的証拠への展開を目指しています。人類の歴史を読み解く新たな扉が、いま確実に開かれようとしているのです。
まとめ
いかがだったでしょうか？
Aeneasの登場により、古代史研究は間違いなく新たな段階に突入しました。2000年前の文字が語りかける声を、AIが増幅し、人間の専門知識と絶妙に組み合わせることで、これまで決して聞こえることのなかった歴史の真実が次々と明らかになっています。技術と人文学の融合は、過去を理解する新しい扉を開いただけでなく、未来の研究者たちにかつてない豊かな発見の機会を提供しています。古代ローマの石に刻まれた文字は、まだまだ私たちに数え切れないほどの秘密を教えてくれることでしょう。
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